風と雪

香川県のフリーランスjackerのブログです。

発達障がいと創造性

発達障がいとみなされている人が増えています。医学の発展上、仕方ないのかもしれませんが、その数の増大には驚愕に値するものがあります。

 

一見、マイナスに見える発達障がいですが、ある特殊な能力を持った集合体とも言われています。

 

それは「創造力のある人たち」だということです。

 

これは「サヴァン症候群」としても知られています。映画「レインマン」やドラマ「ATARU」の主人公がそれを象徴しています。

 

発達障がいと言われている人たちはどうして創造力を発揮できるのでしょうか?

 

それは以下のようにまとめられると思います。

(1)1つのものしか見えなくなる特性

(2)「当たり前」に対する鋭敏な知性

 

(1)1つのものしか見えなくなる特性

 

発達障がいとみなされている人々は、凡人では考えられない集中力を1つの特定のものに発揮すると言われています。

 

ウィトゲンシュタインのエピソードをあげましょう。彼は、言語に特異的なこだわりを持ち、論理学の話になると、一方的に何時間でも話し続けたと言われています。

 

ウィトゲンシュタインは奇行も多かったようですが、その並外れた集中力は20世紀最大の哲学者の異名を獲得しました。

 

ウィトゲンシュタインは「正しい見方」を持つことに執着したようです。それは彼の哲学に大いなる影響を与えています。

 

世界はこうして存在しているが、我々は同じように世界を見ているのだろうか…こうした問題意識が『哲学探究』を生みました。

 

この1つのものしか見えなくなる特性は、しばしば他人との衝突を生みますが、「使い方」次第で歴史的な遺産を残すこともあるのです。

 

(2)「当たり前」に対する鋭敏な知性

 

人間は「当たり前」のネットワークの中に生きています。「常識」という名で我々を拘束する「当たり前」は人間の生き方に深く根を下ろしています。

 

発達障がいの人々は、一般的にその「当たり前」を嫌います。「普通」あるいは「正常」とみなされている文脈の中で生きることを望まない人々が多いのです。

 

ルイス・キャロルのエピソードをあげましょう。彼は通常の人間なら「おかしい」と思うであろう「儀式的行動」を重んじていたようです。

 

「火曜日は幸運の日」などと、非科学的な根拠のない「まじない」のようなものに意味を見出していたそうです。

 

また、ルイス・キャロルは「大人の社会」で生きることを拒みました。大人とのコミュニケーションがうまくいかず、彼の興味は子どもたちへと向いていきます。

 

彼は大人とは葛藤に苦しみましたが、「子どもと仲良くなれる才能」を発揮したようです。

 

このルイス・キャロルの特性が、『不思議の国のアリス』などに結び付いているのは、言うまでもないでしょう。彼は「当たり前」の生き方を拒み、自分の「癒し」を求めて生きた結果、子どもを主体とした名作を生み出したのです。

 

こうしてみると、発達障がいの人々というのは、「世界からこぼれおちた子ども」とみなせると思います。しばしば発達障がいの当事者たちに対する偏見は、彼/彼女たちを苦しめます。大人たちはそれを「順応力」がないと責め立てます(私の経験上、教育関係者に限って、こういう人が多いようです)。

 

しかしながら、「環境」が彼/彼女たちの良い点を肯定的に認めめれば、「天才」というラベルに変わることが、エピソードで分かったと思います。

 

もちろん、科学の発展による「過度なラベリング」は問題を起こします。私個人の意見としては、例えば現在「天然」や「頑固」と言われている人たちも、将来「〇〇症」に置き換えられるのではないかと懸念しています。

 

お互いの差異を認めた上での平等という、1人1人が快適に生きるための基礎を、私も忘れてはいけないと思いました。

 

参考文献

綾屋紗月・熊谷晋一郎 著 (2008) 『発達障害当事者研究』医学書院

岡南 著 (2010) 『天才と発達障害講談社

マイケル・フィッツジェラルド 著、石坂好樹・花島綾子・太田多紀 訳 (2008)『アスペルガー症候群の天才たち』星和書店