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風と雪

和泉敏之のブログ

外国人にとどける空海の生きかた

外国人にとどける空海の生きかた 

和泉敏之   

 

<目次> 

   1.空海ってどんな人? 

   ● どんな人?

   ● みんなから愛された人 

   ● みんなのモデルになった人   

  

  2、空海は何をしたの? 

   ● つらぬいた 

   ● ひたすら修行した  

   ● いろいろと学んだ 

   ● 学んだことを教えた 

  

  3.空海がつたえたいこと 

   ● コミュニケーションのたいせつさ 

   ● 1000年をこえる学びのたいせつさ 

 

 

  1. 空海ってどんな人? 

 

  あなたは空海(くうかい)という人を知っていますか?  空海は日本のさぬき(いま香川県:かがわけん)で生まれた英雄heroです。なぞのおおい人なのですが私は空海について勉強すればするほど、空海のおくぶかさをつうかんしました。この空海からうけたかんどう外国人のあなたにしょうかいすることが、私のしめいだとかんじています。これから私が第1章で空海という人について話します。空海は(1)みんなから愛された人、(2)みんなのモデルになった人です。つぎに、第2章で私が空海という人の生き方について話します。空海(1)つらぬいた人、(2)ひたすら修行した人、(3)いろいろと学んだ人、(4)学んだことを教えた人です。さいごに、第3章で空海が私たちに伝えたいことについて話します。私たちは空海から(1)コミュニケーションの大切さ、(2)1000年をこえる学びのたいせつさを学ぶことができると、私は思います。順番に私は話していきます。 

 

● どんな人? 

   

  空海ってどんな人だったのでしょうか?  空海は774年、日本のさぬきという国の善通寺(ぜんつうじ)で生まれたといわれています。善通(ぜんつう)というのは、彼の父の法名(ほうみょう:亡くなったときにつけられる名前)といわれています。さぬきというのはいまの香川県で、日本で1ばんちいさい県(prefecture)です。このとちは自然(nature)にもめぐまれ、地震(earthquake)もすくなく、すごしやすいのがふしぎです。空海がうまれたとちだからだと言うひともたくさんいます。 

 

空海は日本中をわたり、日本中のひとたちに愛されています。どうして空海は愛されているのでしょうか?  それは、空海はひたすら修行(しゅぎょう)をして、日本でいろんなしごとをしたからです。例えば、空海は中国(ちゅうごく:China)に勉強するために行って、密教(みっきょう)を日本にひろめました。また、空海は日本ではじめての学校をつくりました。さらに、空海は今の香川県にある満濃池(まんのういけ)という池の工事などを行いました。このように空海は宗教1つでせつめいできる人ではなく、色々と他の人たちのためにつくした人なのです。 

 

  空海の友人に最澄(さいちょう)という人がいます。最澄(さいちょう)は空海よりも年上で、かなりえらいたちばにいた人なのですが、空海よりは日本にえいきょうを与えていません。なぜかというと、最澄(さいちょう)は自分の部屋にこもってひたすら勉強するような人だったからです。最澄(さいちょう)は他人に会うことをあまりしなかったと言われています。もちろん彼もじぶんの教えを伝えたりはしたのですが、どちらかというと研究者(けんきゅうしゃ:researcher)のような人でした最澄(さいちょう)空海とはぎゃくで、ひとの輪(わ)の中にはいっていくことをあまりしなかったと言われています。ここが空海の愛されるひみつなのでしょう。 

 

● みんなのモデルになった人 

 

  空海はまた、みんなのモデル(model)になった人でもあります。空海が日本につたえたことは今のよのなかでもつうようすることが多いです。たとえば、空海はほかのひとたちのためにつくすためにはたらくということを教えました。これはまさに空海の生き方そのものなのですが、ほかのひとたちにつくしていると、それはいつかじぶんに「おんがえし」という形でかえってきます。これは大事なことですよね?  このせかいでは、私たちがいいことをするといいことがかえってきて、わるいことをするとわるいことがかえってくるものです。空海は1000年いじょう前にそのことを教えていたのです。 

 

  このような考え方をもつ空海は1000年いじょうも日本で愛され、「弘法大師(こうぼうだいし)」とよばれています。「大師(だいし)」とは、すぐれたお坊さんにおくられる、えいよある名前のことです。空海の生きかたは日本人にうけいれられ、モデルとされてきました。ではどうしてそんなふしぎなことがおこったのでしょうか?  ここから、私は空海についてよりくわしく話していきたいとおもいます。 

 

  私は研究者(けんきゅうしゃ:reseraher)として生きていますが、そんけいしている人はいます。その人は、私もおなじような人になりたいという「師匠(mentor)」のような人です。つまり、師匠とはモデルのことです。あなたにもそんな人はいませんか?  空海は日本中でしたわれるモデルなのです。 

 

2,空海は何をしたの? 

 

  ここまで私は、空海のすばらしさについてしてきました。ここからは空海がじっさいにどのような人なのかについてします 

 

● 空海はつらぬいた 

 

  空海はひたすら「つらぬいた」人です。ときには、空海はまわりの反対をおしきって、じぶうんのかんがえをつらぬくこともありました。いろいろなはなしがあります。 

 

  空海は家族から政治家(せいじか:politician)になれと言われていました。そのため、空海は大学にはいり、勉強をいっしょうけんめいに行います。ところが、そのころの日本は、まずしい人はまずしいままでいきていかなければならなかったのです。空海はそんな日本をみて、「このまま自分だけがえらくなるのははたしていいことなのか?  わたしはまちがっているのではないか?」と考えます。 

 

そんなときに空海は、沙門(しゃもん)という、あるお坊さんのような人に出会い、仏教こそが日本をよくすると教わりました。すると、空海はきゅうに大学をやめてしまったのです。これに空海は、家族からつよく反対されたそうです。しかし、空海は自分のかんがえやきもちをすてず、ほんとうに仏教の勉強のための旅にでかけます。 

 

 また、こんなはなしもあります。空海は友人であり弟子(でし)でもある最澄(さいちょう)から「本」のようなものをかしてほしいとたのまれました。しかし、空海最澄(さいちょう)のたのみをことわったのです。空海は「最澄(さいちょう)様でもこの『本』をりかいするのには3年かかる」と言って、最澄(さいちょう)のたのみをことわったのです。このはなしにはいろいろとエピソード(episode)があります。 

 

1つめは、空海最澄(さいちょう)にかんがえかたのちがいがかなりあったことです。空海はおとことおんなの愛をもたいせつにおもっていました。いっぽう、最澄(さいちょう)は本からまなんだことをたいせつにしていたため、そのかんがえかたにははんたいでした。最澄(さいちょう)は空海をせっとくしようとしますが、空海はじぶんのかんがえをかえなかったそうです。さいきん、おとことおとこ、おんなとおんなのけっこんなどがわだいになっています。もしも空海いま生きていたら、きっと「だいじょうぶだ」と言ったことでしょう。 

 

2つめは、空海最澄(さいちょう)のことを友人とはおもいながら、最澄(さいちょう)の先生であることをわすれず、じぶんのかんがえやきもちをつらぬきました。空海はしごととふだんのせいかつをべつものにかんがえていて、けっしてそれにまどわされることはなかったそうです。いっぽう、最澄(さいちょう)はしごととふだんのせいかつをおなじようにかんがえていて、このかんがえかたのちがいも、空海最澄(さいちょう)の2人がけんかをするもとになったようです。 

 

  このようなちからづよさが空海の生き方の軸(じく)だったのでしょう。だから、空海は1000年のときをこえる教えをつたえることができたのです。他人のかんがえにながされて、本当にじぶんのかんがえをもっているのかという人は、あなたのまわりにいませんか?  私もじぶんの考えとして、そういう軸をもっていない人のことをあまり好きではありません。人はえらくなると、どうもそういうじをもたない人になってしまうようですが、空海はえらくなったあとも、じぶんの生きかたをかえませんでした。このように、空海をもたない生き方をひていして、他人にはんたいされても自分のかんがえやきもちをつらぬくつよさをもっていました。 

 

● ひたすら修行した 

 

   そんなつよさをもった空海ですが、どうやってそのようなつよさをみにつけたのでしょうか?  それには、私は空海のかこの修行(しゅぎょう)について話さなくてはいけません。 

 

修行とは、ほとけへのみちをきわめるために努力することです。空海はどのような修行をしたのでしょうか? 

 

  空海が大学でじぶんの生きかたになやんでいたのは先に話しました。そんなときに、空海はある沙門(しゃもん)に出会ったのでしたね?  その沙門(しゃもん)から、空海は「虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)のお経を100万回となえよ」と言われました。虚空蔵菩薩(こくうぼさつ)とは仏教のえらい神さまのようなそんざいです。空海は、そのお経(仏教のたいせつなことをきろくしたもの)を100万回となえつづけました。ときにはたきにうたれながら、ときにはうごけなくなりながら、空海はお経をとなえつづけました。空海はこの修行の中で亡くなるきけんせいもあったのです。 

 

  そして100万回のお経をとなえたあと、空海はさとりをひらいたといわれています。さとりをひらくとは、まよいをすてるという意味です。あなたにはなやみはありませんか?  それも、ちいさななやみではなく、あなたのせいかつにふりかかっているおおきななやみはありませんか?  そのようななやみがぜんぶきえたと想像してみてください。それが「さとり」です。 


空海はそのとき、仏教で日本をすくうべきだとかんがえたのです。空海は、ほかの宗教ではなく、仏教こそが日本人のためにやくにたつものになるとかんがえたのです。そして空海は、仏教をきわめるためには中国へ行って勉強するひつようがあるとかんがえました。
 

 

  中国になんとかしてわたったあと、空海はまたひたすら修行をそこでおこないます。サンスクリット語(Sanskrit:old Indian language)をたった3かげつでしゅうとくしてしまいます。そのあいだには、空海のすごいどりょくがあったのだとわたしは思います。 そのような修行のせいかつをとおして、空海はいろいろなことを学びます。 

 

● いろいろと学んだ 

 

  空海をただのお坊さんだと思っている人は多いかもしれません。しかし、この空海という人はマルチ(multi)なさいのうにめぐまれた人でもあります。彼はそのちからをだすためにいっしょうけんめいに努力をしてきました。 

 

まず、彼は外国語である中国のことばを勉強しました。中国といえば、そのときの世界の1番の国でしたから、空海はそこへ行って、仏教をひたすら勉強したいとかんがえていたのです。空海はまずしいかんきょうの中で勉強するたちばにありましたから、夜おそくまで火をつけて勉強したそうです。また、ときに空海は自分の足をはりでつきさし、ねむらないように努力したそうです。このような努力のけっか、空海は中国に行くチャンス(chance)にめぐまれます。 

 

  空海たちが中国へ行くとちゅう、ふねが波にさらわれて、もくてきちの中国までたどりつけないかもしれないというききにおそわれました。空海のねがいがつうじて中国へたどりつくのですが、そこで彼らは中国のひとたちに海賊(pirates)だとまちがわれます。そこで空海は中国語ですばらしい手紙を書き、中国にはいることをゆるされました。空海の外国語の勉強がなければその後の日本は大きくかわっていたかもしれません。 

 

  つぎに、彼は建築学(architecture)を中国で勉強しました。そのせいかがいかされるのがさきほど言った満濃池の工事です。そのころの、さぬきの満濃池(まんのういけ)はこわれて水が出てしまって、 さぬきの人たちはおおいにこまっていました。そこへ空海が来て、中国の新しい建築学をとりいれたこうじをのうみんたちと行います。すると、満濃池まんのういけ)はすっかりなおってしまったのです。さぬきの満濃池(まんのういけ)のもんだいはのうさくがとれずに、農民たちをこまらせていました。だから、空海はさぬき、いまの香川県を救った英雄(hero)なのです。 

 

  つぎに、彼は芸術(art)の勉強もしていたそうです。彼はもじだけではじぶんのつたえたいことがつたわりきれないということを知っていました。そこで、空海は絵や図をつかってほかのひとたちにうったえかけることを教えました。もじがよめないひとはいまのよのなかにもかなりいます。そういうひとたちのためのたすけのような教えを空海は1000年いじょうまえにかんがえていたのです。空海ユニバーサルデザイン(Universal Design)のかんがえかたももっていたのですね。ユニバーサルデザインの考えかたはこれからの時代にますますたいせつになってくるものでしょう。そんな時代のおとずれも空海は予想していたと考えると、空海のすばらしさがますますわかってきませんか?  また、もじだけではつたえられないということをかんがえると、空海はいまのYouTuberのさきがけのような人だったともかんがえられます。 

 

さらに空海のべんきょうはつづき、占星術(astrology)の勉強などもしていたそうです。占星術はほしのいちからじぶんのうんせい(luck)をうらなうものです。占星術はふるい時代からかがくてきにしょうめいされようとしているものです。じっさい、占星術はあまごいなどよりも科学てきだといわれています。あまごいとは、ふるい時代の日本などにみられたおまじないです。あめがふらないときに、おいのりをすることによって、あめをふらせようというおまじないです。そのような占星術にめをつけるということは、空海は宗教のみならず、科学てきなかんがえかたももおちあわせていたことになるでしょう。 

 

  空海はまた、ときのながれをたいせつにすることを勉強したそうです。自然(nature)のうごきをみて、いつなにをするべきかをかんがえることです。あなたにもうまくいくときはうまくいくのに、うまくいかないときはひたすらうまくいかないといったことはありませんか?  それはきっとときのながれをつかめていないからなのだと、私は思います。あなたも、ときのながれをつかめば、うまくいかないときにはただ「待ち」、いいときがきたらうごきだすという生きかたができるようになるはずです。 

 

空海は、人は生きているまま仏(ほとけ)になることができることを勉強しました。少しむつかしい話なのですが、空海はうちゅうとひとはつながっていて、うちゅうとじぶんをつなげることがたいせつだと勉強しました。そのためには、空海は、よいおこないをしつづけることがだいじだということも勉強しました。ぐたいてきにいうと、空海はまわりの人に感謝(「ありがとう」のきもちをもつ)し、じぶんがよろこぶ生き方をしなさいと教えているのです。そうすると、私たちは真理(しんり)とよばれるのせいちょうをたいけんすることができるのです。 

 

そのけっか、人は生きているままに仏(ほとけ)になることができると、空海は教えています。まわりの人に「ありがとう」というきもちをもつことはたいせつなことですよね。ひとは1人では生きることができませんから、この教えはだいじだと、私は思います。空海は、いまわたしたちがいきているこの世界をよくしなければならないと考えていたのでした。 

 

  さらに、空海は、いろんなものにたましいがあるということを勉強しました。空海は、ひとだけでなく、自然(nature)や動物(animal)にもたましいがあると教えているのです。これは日本語をかんがえてみればよくわかります。自然は人よりもおおきなものです。これがえいきょうして、日本語はおおきいものからちいさいものにかわっていくことばになりました。すこしむつかしい話ですね。 

 

たとえ話を出すと、私の名前は「和泉敏之(いずみとしゆき)」ですが、「和泉」というのは家(home)の名前で、「敏之」というのはこじんの名前です。あなたは、おおきいものからちいさいものにかわっていっているのがわかりましたか?  また、日本では住所(adress)はおおきいものからちいさいものにかわっていきます。私が住んでいるのは香川県丸亀市というまちですが、私たち日本人はさきにおおきなちいきをいって、次にちいさなちいきをいうのです。これが英語だとぎゃくにMarugameKagawaとちいさなものからおおきなものにひろがるでしょう。空海の教えはいまの日本語にも生きているのです。 

 

  さらに、空海は共感(きょうかん)がたいせつだと勉強しました。共感とは、他人のきもちを想像(imagine)することです。それはおもいやりといってもいいと、私はおもいます。これは、日本人のかんがえかたの下に「悲しみ」があるからうけいれられたものだといわれています。日本人は他人をかわいそうとおもう「情(じょう:人を愛する気持ち)」がつよく、他人に共感することをたいせつにしているひとたちなのです。空海の教えはいまの日本でもしっかりといきているのですね。 

 

  私もイギリス(the United Kingdom)に勉強するために行ったけいけんがあるのですが、英語の勉強ばかりにしゅうちゅうしすぎて、ほかの勉強をあまりしませんでした。空海のことを勉強して、私もじぶんのせまい好奇心(curiosity)をはんせいしています。そのせいか、私はくろうする人生をえらんでしまいました。あのとき、私は空海について勉強していたらよかったのにとくやんでいます。 

 

  このように、空海はせまい勉強だけをするのではなく、マルチに勉強してきた人です。せまい専門家(specialist)ではなく、広く学ぶ人(liberalist)だったというわけです。空海が勉強したことは、空海の「教え」として、いまも日本でうけつがれています。 

 
●学んだことを教えた 

 

  空海はさきほども言ったように、じぶんで勉強したことをじぶんだけのものにするのではありませんでした。空海はじぶんの勉強をほかのひととわかちあうことによろこびを感じていたようです。 

 

  空海は日本の高野山(こうやさん)というところに金剛峯寺(こんごうぶじ)というお寺をたてました。ここでも空海が中国で勉強した建築学がちからになりました。そこをちゅうしんとして、空海密教(みっきょう)を日本中にひろめるかつどうを行ったのです。空海密教(みっきょう)のことを中国に行くまえから少し知っていたそうですが、ほんきで勉強しはじめたのは中国に行ってからだったと言われています。 

 

密教(みっきょう)は、地(field)、水(water)、火(fire)、風(wind)、空(sky)の5つの点(perspect)からなりたち、じこじつげんをめざす宗教のことです。じこじつげんとは、「こんなふうになりたい」というじぶんをめざし、じっさいにそんなじぶんになることです。 

 

空海はその密教(みっきょう)を日本中にひろめて、日本を良くしようといっしょけんめいに努力しました。空海はただじぶんのりえきのためだけにはたらくのではなかったのです 

 

  また、さきほど言ったように、空海は「綜芸種智院(しゅげいしゅちいん)」という日本ではじめての学校を作りました。そこはみぶんのひくいひとたちも、まずしいひとたちも入ることができる学校でした。そのときの日本では、おかねをたくさんもっているひとしか勉強できないかんきょうにありました。しかし、空海はだれでも勉強できる学校をつくったのです。こうして、空海はそれまで勉強してきたことをいかし、その学校で密教から建築学、芸術などまで、ありとあらゆることを教えたそうです。 

 

  さらに空海は「ひらがな」をつくり、日本の他の人たちに教えました。ひらがなというのは「あいう」というような日本語で1番わかりやすいもじのことです。空海がひらがなを日本で広げるまでは、日本の人たちは漢字をつかって文章text)をかいていました。これは中国の人たちがつかうことばで、中国からむかし日本につたわったものだと言われています。空海はそれにたいして、ひらがなという日本の人たちだけがつかうことができるこおとばをうみだし、伝えたのです。 

 

もしもひらがながなかったら、そのあとの日本文学(Japanese literature)がはったつすることはなかったでしょう。ひらがながひろがることで、日本の本のなかにもめいさくがうまれるようになったからです。さらに、もしもひらがながなかったら、私はいま話しているような「ひらがな」で外国の人たちにもわかりやすく、空海について伝えることはできなかったでしょう。空海は国際社会(globalization)ですらよそうしていたと、私は思います。 

 

そして空海勉強したことを他の人たちに伝えたことでさいだいのものが、「うどん」です。うどんとは、こむぎからつくられてしょうゆのだしといっしょにたべられるnoodleのいっしゅです。この「うどんのつくりかた」を日本の香川県にもちこんだのが空海だと言われています。 

 

  そのときのさぬき(香川県はみずがすくなく、米(rice)があまりとれないかんきょうにありました。ごはんがたべられずに亡くなる人たちもたくさんいたようです。しかし、かわりにこむぎはよくとれたそうです。そこで空海は中国で勉強した「うどんのつくりかた」をさぬきの人たちに伝えました。 

 

  そのおかげでさぬきの人たちは、ごはんがたべられずに亡くなることが少なくなり、生きることができるようになりました。もしも空海が「うどんのつくりかた」をさぬきの人たちに伝えなかったら、いまの香川県はなかったかもしれません。香川県空海のおかげがあって、さぬきうどん」のめいちとして知られるようになりました。毎年、日本中からうどんをたべるために、いろんな人たちが香川県にやってきます。 

 

  あなたがいまの香川県に来たとすると、道をあるくと10ふんに1かいはうどんのおみせをみかけることができます。これも空海のおかげなのです。私も香川県にすんでいますが、うどんをたべることがおおいです。香川県のひとたちの中には、まいにちうどんをたべる人もいます。そのくらい空海中国からもたらした「うどんのつくりかた」の影響は大きいのです。あなたもこどもといっしょにさかなつりにでかけたとしたら、さかなのつりかたを教えてあげてください。その子どもは一生さかなをひとりでつることができるでしょう、 

 

  このように、空海は勉強してきたことをおしげもなく、ほかのひとたちにつたえることをじぶんのしめいとしていました。よだんになるのですが、さきほどせつめいした最澄(さいちょう)は自分のための勉強だとかんがえていたようで、そこが空海とはちがうところです。空海最澄(さいちょう)はさいしゅうてきにけんかわかれをすることになりました。そこには空海の「ほかのひとたちのために勉強する」というこころがえいきょうしていたのか 

もしれません。 

 

  仏教では、ほかのひとたちのために勉強することを「徳を積む(とくをつむ)」といいます。徳を積むとは、いいことをして、いいことの「ちょきん」をするようなことだといえます。そううすることで、わたしたちの子ども、まご(子どもの子ども)にまでずっといいことが続いていくとかんがえられています。他の人たちにいいことをすれば、やがてはじぶんにいいことがかえってくるものです。うまくいっているひとはやはり、ほかのひとたちのために力をだしています。うまくいっていない人ほどじぶんのことしかかんがえていないものです。ただおかねをためることだけにいのちをそそぐひとがおおいいまのよのなかで、空海のような生き方はほんとうに「豊かでうつくしい」のではないでしょうか? 

 

  お寺や学校だけでなく、空海は日本中をわたりあるき、そこでひとびとをたすけ、ちえをあたえたといわれています。空海がつえをつくとみずがでてくるというような伝説(legend)は日本中で広まっていて、空海のすごさを私たちもしることができます。これは、空海が神のようなふしぎな人であったこともかんけいしているのですが、中国で勉強したことつながっているとも言われています。空海は、どこから水がわきでてくるのかをよく知っていたのでしょう。このように、空海はじぶんで勉強したことをじぶんだけのものにしないで、他の人たちを助けるために教える人だったと言われています。 

    

3,空海がつたえたいこと 

 

  ここまで私は、空海のすばらしさと空海の生きかたについて話してきました。ここから私が本当に伝えたいことである、空海から学べることについて話したいと思います。 

 

●コミュニケーションのたいせつさ 

 

  まずはコミュニケーション(communication)の大切さです。人はひとりでは生きられません。みんなときょうりょくしながら生きていくのが人間(にんげん)です。これはひととひとのあいだという意味になります。 

 

  空海はおさないときから「神童(しんどう)」とよばれていました。神童とは、神さまがこの世界にやってきたような子どものことを意味します。しかし、空海はただしんぴてきでふしぎな人ではなく、明るいふつうの人間としてのせいかくももちあわせていたようです。空海は少し反骨精神(はんこつせいしん)のあるひとでもあったようです。反骨精神とは、えらいひとにこびうりをするのではなく、ぎゃくにさからうようなひとのことです。だから、いままではなしたように、空海はものすごい力をだして、じぶんの勉強をほかのひとたちとわかちあうことにいのちをそそいできたのでしょう。 

 

空海が「空(そら:sky)と海(うみ:sea)」という名前をじぶんでつけたのは、仏教の勉強を日本でひととおり終えたきねんだったそうです。そのような神さまのようなそんざいでもありましたが、さいきんのけんきゅうでは、空海の「ひととしてのみりょく」も、空海がここまで日本で愛されるきっかけになっていたのだとも言われています。それは空海のコミュニケーションの力がすごかったことを意味します。 

 

日本にきた外国人の皆さんはコミュニケーションでこまっていることはありませんか?  そうであれば、ぜひともせっきょくてきにコミュニケーションをとり続けてください。コミュニケーションとはひととひとのあいだにきょうつうのものができることでなりたちます。日本人も外国人であるあなたときょうつうのことを持ちたいとねがっています。しゅみやとくぎからでもいいので、せっきょくてきに日本人、いや世界中の人たちとコミュニケーションをとってください。 

 

もしきょうつうするわだい(topic)がないのであれば、ここで勉強したことをきょうつうするわだいにしてみてはどうでしょうか?  すくなくとも、おとなの日本人は空海のことを知っています。しかし、おとなの日本人たちですらくわしくは知らないというのがげんじつです。あなたが日本人に空海のことを教えるくらいのきもちでコミュニケーションをしてみてはどうでしょうか? 

 

 

さらに、よいコミュニケーションをとるためには、空海も言うように、ほかのひとたちへの思いやりがたいせつになってきます。ほかのひとたちのかんがえやきもちを想像して、かれらがどうかんがえているのかをかんがえましょう。 

 

そこでべんりなのがことばです。日本にやってきたみなさんはぜひとも「日本語」を勉強してみてください。ふつう、日本にすむ日本人は日本語しはなすことができません。だから、日本人とコミュニケーションをするには日本語を勉強することがだいじです。 

 

また、日本語の勉強は日本にこない外国人の人たちにもよいものになります。なぜなら、日本語は日本の文化(culture)の世界へのしんとうによって、「国際語(International language)」になりつつあるからです。アニメやマンガをたとえばなしにとれば、あなたにもりかいしてもらえるとおもいます。「となりのトトロ(My Neighbor Totoro)」、「ポケットモンスター(POKÉMON)」、「涼宮ハルヒの憂鬱(The Melancholy of Haruhi Suzumiaya)」、「初音ミクHatsune Miku)」などなど、日本の文化は世界にどんどんすすんでいっています。それを日本語でりかいできれば、あなたはほんとうにその文化をりかいできることになるのです。 

 

空海も中国語の勉強をして、中国で勉強することをゆるされました。外国語の勉強はじぶんのためだけでなく、ほかのひとたちのためにもなるのです。ぜひともその1つの手として、日本語を勉強してみてください。この文章が日本語の勉強のためにやくにたてば、私にはそれ以上のよろこびはありません。 

 

私は、空海はことばをとくにたいせつにしていたと、思います。なぜなら、空海はほんとうにたくさんの「本」をだしてきたからです。ことばは人にだけゆるされたかけがえのないたからものです。コミュニケーションはことばがないとできません。ことばによって、私とあなたはつながることができるのです。私たちももっとことばをたいせつにして生きていくひつようがあるのではないでしょうか? 

 

●1000年をこえる学びのたいせつさ 

 

  空海はほんとうに日本中で愛されています。その象徴(symbol)が「おへんろ」です。おへんろとは、日本の四国(しこく)のお寺をわたり歩くことです。このとき、「同行二人(どうぎょうににん)」と言われています。あなたはひとりでお寺をわたり歩くかもしれませんが、空海もずっといっしょにいるという意味です。おへんろのように空海の名前を知らない日本人はいないと言ってもいいかもしれません。 

 

  どうしてここまで空海は愛されているのでしょうか?  それは空海が1000年のじかんをこえる勉強をおこなっていたからです。空海はいつもみらいをみて勉強してきました。そのときにしかつうようしない勉強ではなく、あとの世界でもうけいれられる勉強です。私はこれが空海のさいだいのちからであり、みりょくだと思っています。 

 

  そのためにはみらいをみすえた勉強がたいせつになってきます。仏教には、かこをみればいまがわかる、いまがわかればみらいがわかるというかんがえかたがあります。これはひとえに歴史(history)をみつめながら生きていくことを意味します。かこのしっぱいから学び、おなじしっぱいをくりかえさないようにするというあたりまえのことをじっせんするのです。あたりまえといいながらも、あたりまえのことができないのが、私たちひとのよわさです。空海はそうしたひとのよわさをもしりつくしていて、そこをのりこえるよう教えてくれているきがします。 

 

  私の話をすると、私は大学にはいるための勉強がきらいでたまりませんでした。ただテスト(exam)でいい点数(てんすう:score)をとればいいというだけのきがしたのです。大学にはいってから、うんのいいことにすばらしいせんせいや友人にめぐまれ、「ほんとうの勉強」をはじめたのです。それはテストでいい点数をとる勉強ではなく、じぶんのせいちょうのための勉強だったのです。わたしが勉強したことばに「学ぶとはけんきょになることである」というものがあります。「けんきょ」というのは、じぶんがすぐれているとおもうのではなく、じぶんのよわさを知っていることを意味します。つよい人にたいこうするのではなく、じぶんのよわさを知り、他の人たちのよわさをうけいれることがたいせつだと、私は学びました。 

 

  ですので、私も、あなたにはいまここでしかつうようしない勉強ではなく、みらいにまでみすえた勉強おこなってほしいとおもいます。そのためには「哲学(philosophy)」がたいせつです。哲学とはふるい時代(じだい)からうけつがれてきた「いさん」です。哲学とはよくかんがえるためのくんれんです。人はかんがえないと、生きていくことができません。あなたが哲学を勉強することによって、人生のはしらになります。空海にも「密教(みっきょう)」という哲学がありました。 

 

哲学を武器にして、どんどん学んでいってください。私は、学びのない人生は豊かでうつくしいとは思えません。日々勉強、人生勉強、つまりすべてが勉強だと思って、まいにちをたいせつにすごしてください。「いつの時代にもうけうがれる勉強を行いなさい」それが空海が私に残したでんごんのようにきこえます。空海の生き方から学び、勉強しつづける「人間(にんげん)」でありつづけましょう。 

 

じつは私も哲学がだいすきな人なのです。哲学を勉強すると、じぶんのあたまで考えることができるようになり、他の人たちの考えにながされることがすくなくなります。私がこのような文章をあるていど書くことができるのも、哲学を勉強してじぶんのあたまで考えるくんれんをおこなったためです。もちろん哲学の本を読んでじぶんのあたまで考えることが1番たいせつなのです。しかし、さいきんはTEDなど、どうがでも哲学について学ぶ機会がふえてきました。いろんな道具(tool)をつかって、哲学をはじめたとした勉強をかさねていきましょう。 

 

これからの時代は、人工知能(じんこうちのう:AI)がますますよのなかにはいってきます。そうしたなかで、じぶんでかんがえて、じぶんで想像するちからがないと生きていけないとも言われています。これは空海の「他の人たちにつくす」というかんがえかたにつながっていきます。じぶんのためだけに勉強する時代はおわろうとしているのです。ちしきはAIがじゅうぶんにもっているため、私たちはそこからあたらしいものをうみだすことが必要とされるのです。私たちがなにかをうみだしているとき、私たちは他の人たちのことをかんがえないといけないでしょうあなたがもしも、じぶんだけのためにうみだしてもあまりかちはないからです。AIも1から100まであげることはできても、0から1をうみだすことはできません。その「1」という、他の人たちがよろこんでくれるものをうみだすちからこそがこれからひつようとされることなのです。空海はAIの時代がやってくることすらよそうしていたように、私は思います。 

 

他の人たちのためにつくすこと。この生きかたをモデルにすることによって、私たちは 

ほんとうにゆたかに生きることができるようになるうのではないでしょうか?  じぶんのためにしかうごかない生きかたでは、これからの時代にはついていけないと、私は思います。なんども言いますが、それは1000年もまえに空海がじっせんしていたことなのです。 

 

空海はいまでも生きているといわれています。空海はここ日本から私たちやあなたたちをみまもってくれているのです。空海の考えかたに「ご縁(えん)」があります。であったひとをたいせつにし、じぶんをよくしてくれるひととのかんけいはきってはいけないという考えかたです。私もこのご縁の考えかたが好きです。あなたがこの小文に出会ったのもご縁だと思います。私をとおして、空海の考えが日本、世界にひろがることをねがっています。

 

参考文献 

 

市原輝士・山本大(1972)『香川県の歴史』山川出版社 

伊藤穰一(2018)『教養としてのテクノロジーNHK出版 

今村仁司(2007)『現代思想を読む事典』講談社 

大栗道榮(2009)『空海  感動の人生学』中経出版 

加来耕三・静霞薫・早川大介(2018)『平安人物伝  空海ポプラ社 

武内孝善(2006)『弘法大師空海の研究』吉川弘文館 

竹内信夫(2014)『空海の思想』筑摩書房 

立川武蔵(1995)『日本仏教の思想』講談社 

永原慶二(2004)『学習漫画  日本の伝記  空海集英社 

ひろさちや(1996)『よくわかる仏教の知識百科』主婦と生活社 

ひろさちや貝塚ひろし(1998)『まんが日本の高僧4  空海』すすき出版 

福田亮成(2011)『知識ゼロからの空海入門』幻冬舎 

松原史典・松下清(2013)『日本の歴史  人物学習事典』学研教育出版 

 

参考URL 

空海の名言集:辛い時、空海の言葉は心にググッと染み込んでくる。』 

https://syukatsulabo.jp/article/1162 

2019年2月27日に閲覧。 

『歴史:さぬきうどんの歴史――さぬきうどんのお話:手打免許 さぬき麺業 

http://www.sanukiudon.co.jp/udon/history.html 

2019年2月27日に閲覧。 

『ウェブサイト空海  空海とうどん』 

http://www.ku-kai.org/udon.html 

2019年2月28日に閲覧。